ご挨拶

渡邉時夫先生(顧問)

渡邉時夫先生(顧問)

1.はじめに

私が会長職を務めさせていただいたのは2003年から2006年の4年間であった。2002年4月に「中学校学習指導要領」が、そして2003年に「高等学校学習指導要領」が実施された。 2002年の7月に遠山敦子文部科学大臣(当時)が「英語が使える日本人の育成に関する戦略構想」を発表した。私の会長在任中の4年間は、我が国英語教育の新しい時代の幕開けと重なり、期待と不安が同居し、学会の活動にも特別の活気と興奮に近い雰囲気がみなぎっていた(私は、この頃、期待を込めて「英語教育革命前夜」と呼んでいた)。学会の40周年記念のこの機会に当時の英語教育の時代背景と学会活動との係わりについて簡潔に記してみたいと思う。

2.「英語が使える日本人の育成に関する戦略構想」と学会活動

遠山敦子文部科学大臣は、「英語関係の専門家グループによる研究成果に基づいて取りまとめたものである」と前置きして、記者会見で次のような趣旨説明を行った。

(前略)今日、経済・社会・政治あらゆる分野で国際的な理解というものが非常に望まれている。(中略)そういう中で国際的な言語の一つのツールとして、英語の重要性というのが大変大きくなってきているわけでございます。(中略)ところが現状では日本人の多くが英語力が十分ではございませんし、学校教育でも中学校、高等学校、また多くの場合、大学という長い年をかけて学んでもなかなか使いこなして外国人と対等に議論できるような力まで持っている人はそれほど多くないわけであります。そのような実状を踏まえまして今回、「英語が使える日本人の育成のための戦略構想」ということで、本格的に取り組むことにいたしました。(以下略)

「構想」の中で遠山大臣が発表した幾つかの戦略の中で、学校の英語教育にとって直接大きな影響が予測できるものとして、次の4つを挙げることができる。

  1. 中学校、高等学校、大学のそれぞれの卒業段階における教育の目標を明確にする(例えば、中学校卒業段階で「英語検定3級程度」、といった目標)。
  2. 英語教員が備えておくべき英語力の目標を設定する(英語検定準1級、TOEFL 550点、 TOEIC 730点、など)。同時に、全国中高すべての英語教員の質を高めるための研修を5ヵ年計画で集中的に実施する。
  3. 大学入試センター試験に、18年度からリスニングテストを導入する。
  4. 小学校段階から英語を導入することについて、次の学習指導要領改訂の議論に向けて、検討に着手する。
  5. 外国人教員(ALT)の活用を図る(現在の8,400人を11,500人に増員する)。

上記の諸事項の内、(2) の英語教員研修は、「構想」発表の翌年、つまり私が会長を拝命した2003年度から全国一斉に実施された。このことから、文部科学省の英語教育改革への強い意気込みを感じ取り、その後数年の間、当時の我が学会は敏感に対応した。

具体的な学会の活動は、次の通りである。

  1. 学会のシンポジウムのテーマに取り上げ、熱心な討議を展開した。
    (1) 第33回岐阜大会のテーマ 英語教員に求められる「力」とその養成
    (全国規模で始まった悉皆英語教員研修を念頭に置いたものである)
    (2) 第34回富山大会のテーマ 激動の英語教育を考える:「戦略構想」の光と影
    (「構想」と条件整備が整わない教育現場との齟齬に注意が向けられた)
    (3) 第36回和歌山大会のテーマ アジアの英語教育最前線から日本の英語教育を見る
    (この年<2006年>の3月、教育課程部会の審議の経過として、小学校高学年に英語を必修として導入することが報告された。その影響から、アジア諸国の小学校英語教育などの実状に関心が向けられた)
  2. 課題別研究や問題別討論会のテーマにも、「構想」を受けての研究や討論が盛んに行われた。ただし、テーマとして取り上げられたのは、シンポジウムよりは、2年程度遅れていた。課題別研究は、数年前から研究が続けられていたため、「構想」に絡む新たなテーマの研究結果が発表の段階に至るまでに2年程度を要したということであろう。
    (1) 第35回山梨大会
    • 学級担任を中心とした小学校英語
    • センター試験のリスニング導入を受けてのリスニング指導のあり方(この次の1月に初めてリスニングテストが導入された。高等学校の教育現場では、リスニング指導が慌しく始まった背景が伺える)
    (2) 第36回和歌山大会
    • アジアの英語教科書比較研究 (小学校英語とのかかわり)
    • 英語教育における小中連携(この年の3月、小学校高学年から英語が必修として導入されることが決まった)
    • TOEFL・TOEICで英語教員の力量が測れるか(英語教員の5年計画の悉皆研修がすでに4年目を迎えていた。多くの県では英語教員にTOEICテストの受験を勧めていた。英語教員としての力量とTOEICのテスト結果とはイコールではない、という反論も注目された)
    • 入試センター試験へのリスニング導入を検討する(第1回リスニングテストを経験した上での討論が行われた)
 

3.新学習指導要領の実施と学会活動

2002年(中学校)、2003年(高等学校)で、新しい学習指導要領が実施された。 今回の改訂により、外国語が必修教科となり、中学校では英語が原則履修となった。また、「実践的コミュニケーション能力の育成」が強調されたが、中学校では授業時数が週3時間に削減された。「ゆとり教育」が声高に叫ばれ、学校週5日制が実施されたため、授業時数の削減に伴い学習内容も削減された。中学校における履修語彙は「900語程度」にまで削減されてしまった。

このような指導要領の改訂の結果、学会では、「コミュニケーション活動の指導法」、「accuracyかfluencyかの問題」、「学力差に対する対応」、「vocabulary learningの問題」などが関心を集めた。

具体的な学会の活動は、次の通りである(各大会で新たに登場したテーマのみを挙げてみた)。

  1. 第33回岐阜大会
    • 英語教育におけるaccuracy の重要性とその実践的アプローチ(課題別)
    • 英語コミュニケーション活動研究(課題別)
    • 実践的コミュニケーション能力育成における絶対評価のありかた(問題別)
  2. 第34回富山大会
    • 中学校において一層拡大する英語学力差にどう対応するか(問題別)
    • 英語コミュニケーション活動は大学入試に役立つ…はず!(問題別)
  3. 第35回山梨大会
    • 英語の学力低下問題について論ず--- その現状と克服法---(シンポ)
    • 英語教育におけるvocabulary learning の理論的・実践的研究(課題別)
  4. 第36回和歌山大会
    • 習熟度別クラス編成の現状と問題点(問題別)

以上を総覧するに、学習指導要領の改訂によって不安視された問題点、あるいは課題と受け止められた問題(コミュニケーション能力の育成方法、時間削減による学力低下と学力差、語彙の貧弱化)が毎回学会で繰り返し研究・討議されていたことが分かる。これらの問題は、現在も未解決のままであり、解決のためには更なる努力が必要である。

4.その他、この時期について特筆すべき活動について

第34回富山大会の折に、初日の午前中を利用して、研究方法(統計処理)について特別のセミナーを開催したところ、満室になるほどの盛況だった。多くの若い会員が毎年自由研究の発表を行うが、統計処理等についての指導を求めている人が多いことが分かった。このことから、学会の運営委員会で検討した結果、毎年このセミナーを続けることに決定した。第35回山梨大会では、「英語教育研究法セミナー」と名称を改め、(研究法、データ分析法、論文を書く際の注意点)を内容として実施した。また、第36回和歌山大会では、山梨大会での参加者があまりにも多かったことと、参加者の要望に応える形で、クラスを2つに分けて実施し、好評を博した。講師としてご尽力をいただいた浦野 研、酒井英樹、田中武夫、本田勝久の各会員には感謝の意を表したい。

5.おわりに

我が国における英語教育が大きく変わろうとしていた転換期に会長として、英語教育の諸問題に会員の皆様と真剣に取り組むことができたことは、本当に幸せだったと思います。長年の懸案であった小学校における英語(外国語活動)も2011年度から高学年に必修として導入されることになりました。また、中学校では2012年度から、全ての学年で週4時間になり、すべての教科の内で最も多くの時間が配当されます。2013年度から高等学校では、原則英語で授業を進める予定です。

このように、枠組みだけは整いましたが、英語が十分に駆使できない先生が英語活動を進めなければならない小学校の状況をはじめ、英語教育が望ましい形で実施されるための条件整備が十分とは言えません。政府には、2002年7月に打ち出した「構想」の中身が満足に実施できるよう条件整備を切に望みたいと思います。

改めて当時を振り返ると、英語教育発展のために、会長として、もっと、もっとお役に立つよう頑張れなかったものか、と後悔の念ばかりが心を悩ませます。

英語教育の益々の発展を希求し、これまでのご指導ご鞭撻に深く感謝しつつ、ご挨拶とさせていただきます。